訪問診療医のがん治療体験記                                 がんとともに生きる

 

がん治療体験記

すべてのがんにかかわる人々へ
がんにかかり、がんの治療をうけ、がんとともに生活する体験を、がんと闘うすべての方々へ送ります。

がんとともに生きる

がん治療を受ける訪問診療医の日記

2026年2月、悪性リンパ腫と診断され、化学療法を受けました。

日々の様々なつらさと不安、家族と仕事と治療のこと、副作用のこと、、、 医師の立場、ただのおやじとして、、、

がんとともに生きる人へ、何らかのよりどころになるかも、、、、と思い

日記をもとに綴っていきたいと思います。

がん治療を受ける訪問診療医の日記

2026年7月24日

5時起床、晴れ、今日も暑くなりそうだ。
36.2℃、吐き気なし、全体的に体調は良好。左指先のしびれ少々あり。
今日は午前中4件、午後一件の訪問診療あり。

来週予定の最後の化学療法(High dose MTX)まであと1週間
約半年間の抗がん剤治療、長かったがやっとここまで来た。主治医の先生、家族の皆、かかわってくれた皆様方に感謝感謝。

思うに、自分はがん治療にかかわってきた医者として薬の効果も信じられるし、副作用がどうして起きるか、それがどのようなものか、どのように対処するか、どんな経過をたどるかをある程度予測できたから、つらい副作用にも耐えることができた。しかし、一般の人々は将来への様々な不安を抱えながら、この辛さをやり過ごすことは、なかなか難しいだろう。この体験を今から治療を受けようとしている人々、治療中の人、次にどうすればよいか迷っている人々と共有できたら、何かしらの力になることができるかもしれないと思った。

2025.11月からの息切れで体調に異変を感じ、年末の病院受診、年が明けて、検査、確定診断、治療開始から今まで、長い道のりだったが、7月30日からの最後の化学療法で一ひとまず治療は終了で、ひと区切りつけることになる。
現在、画像上も血液検査上もCR(寛解)でひとまず安心の状態である。
普通の親父の立場から、また医師の立場から、この経験を自分の日記をもとに記し、がんと闘う人のために公表しようと思う。


2025年12月30日

血液の病気かな?
昨日、愛育病院の近藤先生に診てもらう。
自分が予想した多発性骨髄腫では無さそうだ。
血液検査にて、LDH,1000以上、CT上の脾腫(脾臓の腫大)と周囲のリンパ節腫大、などの所見から、今のところ脾臓原発悪性リンパ腫の可能性が高そう。さらに絞り込むには、検査結果が年明けにわかる、LDH3,可溶性IL2レセプター(sIL2-r)が高値であるかどうかの結果待ち。自分のひと昔前の知識では、悪性リンパ腫なら脾摘の手術、R-CHOPが治療ラインか? 仕事はどうする? これからどうやっていく? 不安ばかりが頭をよぎる。
年末になんてこった。
しかし年末年始は検査結果を待つしかない。これからの計画を立てながらも
正月はみんなで楽しく過ごそう。まずは家族との楽しい正月を楽しもう。
病院帰り、気を取り直して〝古しき庵〟で早い年超しそばを食す。するすると喉を越すそばも今年はいつもと違う味がする。


楽しい正月だ
笑い声に満ちた我が家
いいじゃないか
こいつらがいれば
なんでもできるさ


   

*以下、文中の太字ラインマーカーの文言は、リンクがあります

文中の表現やリンクについて  このブログは医師や医療者向けに書いたものではないので、医学的に厳密な表現にはなっておりません。一般の方々ができるだけ読みやすいように心がけ、リンクについても厳密さや細かさよりも、わかりやすさを一番に選びました。日記をもとにした記事なので、主観的な表現であることはご容赦ください。


2026年1月6日㈪

子供たちがそれぞれの場所に帰って行った。今年は楽しい正月だったなあ。彼らには病気のことを一人ずつに話をした。一番下は受験生なので、それが片付いたら話すことにする。
みんなショックだっただろうが、冷静に受け止めてくれた。
仕事は1月3日の緊急往診から始まった。頑張ってできる限り仕事は続ける、これが正月中に考えた仕事に対する結論。患者さんに迷惑をかけるような事態が起こる可能性がある時は、信頼できる訪問診療医にお願いする体制を作っておこう。
愛育病院近藤先生から電話をいただく。採血結果でLDH3,可溶性IL-2レセプター(sIL2-r)共に異常高値であり、骨髄生検の結果とあわせ、やはり悪性リンパ腫の可能性が高いとのこと。悪性リンパ腫の確定診断と、その型の確定のため組織を採取し病理組織検査をすること(組織生検)が必要だ。悪性リンパ腫だとして、その多彩な型を確定しないと、治療する方法、抗がん剤などの種類の決定ができないのだ。自分の場合、体の表面から触ってわかるリンパ節の腫大がないので、そこからの生検検査が出来ない。また、悪性リンパ腫の病期(ステージ)を確定するためにも病変がどこまで広がっているかを調べることが重要で、それらを目的として、1月16日にPET-CT検査、30日に頭部(脳)MRI検査、皮膚生検、骨髄生検の再検査を受ける予定となった。
検査続きで、なかなか治療まで進んでいかないように思え、医者のくせに、理屈ではわかるが少し焦る気持ちがある。
幸いなことに体調は横ばいで、息切れなども急に悪くなっているという自覚はない。
これからかかるであろう医療費の事務的な手続きとして、今後必要になるであろう高額医療の自己負担限度額の申請を保険組合に問い合わせる。問い合わせの結果、マイナンバーが保険証と紐づけられていれば、面倒な書類での申請は必要なく、病院窓口での支払時に完了するとのこと。マイナンバーカードの便利さを初めて感じることができた。

3階まで
階段をゆっくり上がる
半分上がり、2,3回の深呼吸
これを8回繰り返す

自分に合ったやり方を見つけながら
あきらめないで
行こう


1月20日㈫

今朝は雪、今週は真冬日が続くらしい。今年は寒い。しっかりとした冬だな。
さて、近藤先生から連絡をもらう。PET-CTの結果
①脾門部リンパ節、および脾臓、➁縦隔リンパ節、数か所、③肺全体、に病変部が広がる。
このうちどこを組織生検するかを検討中とのこと。私からは、入院するにしてもできるだけ短期間の入院での検査をお願いした。候補は二つあり、CT下での脾門部リンパ節生検、と気管支鏡による肺生検、および気管支を経由した超音波気管支鏡による縦隔リンパ節の針生検。
いずれもリスクはあるが、後者の方がリスクが少ないということで、こちらを選択することに決定。
ご検討、調整をしていただき、北海道医療センター、呼吸器内科の岡本先生を通して北大病院呼吸器内科を紹介していただいた。こちらは、まず1月28日に北大病院外来受診となった。
1月は今後、1月28日、北大受診、30日愛育病院受診と忙しいが、早く診断をつけてもらうためにはベストなスケジュールだ。
自分の患者さんにはできるだけ迷惑をかけないように、スケジュールを調整しよう。
悪性リンパ腫としての病期(ステージ)は4,症状とあわせ4Bとなり、最重症である。5年生存率で40-60%か、、、、
医療費が限度額認定制度を使っても、毎月25万程度(4か月目から多数該当で約18万円)かかる。
お金のこといろいろ考えなきゃいけないな。


解放
開放
快方

すべてをかいほうし
かいほうしたい

自由になりたい
子供のころ できるだけ遠くまで自転車で行った
空の向こうまで行きたかった
いままたもどってきた

とほくまで
いきたい

1月28日㈬

小雪の中、北大呼吸器内科受診。この前のPET-CTで分かった肺とその近くの縦隔リンパ節の組織生検を気管支鏡下で行うための説明を受け予約をする。2月4日から2泊で、2回の検査をすることになる。北大病院にはこれまで、患者さんをご紹介していただく院長の立場でお邪魔していたが、患者として受診するのは初めて。愛育病院も同様だが北大病院も素晴らしく機能的なシステムと、温かさが感じられる職員の皆さんのホスピタリティだ。もはやかなわぬ夢だが、一度はここで働きたかったな、などとふと思う。
ここで自分のPET-CTの画像をパソコンモニターで初めて見せてもらった。脾臓、脾門部、縦隔リンパ説の病変部を示す輝点は何となく想像できていたが、肺全体に青白くオーロラのように広がる病変。そうか、こいつが息苦しさの本質か、、、、しばし言葉を失ってしまった。治るのか?
頑張って治療を受けていくしかないな。頑張ろう。
1月30日㈮ 

愛育病院での検査を受ける、脳への転移はMRIで認めず。皮膚生検は腹部からランダムに2か所、骨髄生検を再度施行。これまで治療や検査のために沢山患者さんに痛いことを強いてきた私だが、痛いことはいやだね。
患者になって初めてわかる事がなんと多いことか、、、、特に若いお医者さんたちにはわからないよな、、自分もわかっていなかったのだから、、、反省が多いのです。
診断や治療のために必要な検査、処置、手術、みーんな痛い事だらけです。お医者様たち、気を付けましょうね。少なくとも患者さんには優しく、真心をもって接しましょうね。
私の主治医の近藤先生は、丁寧で優しく信頼できる先生です。
これからの予定として化学療法を受けるためにCVポートを作らなければならず、これを2月13日㈮に愛育病院で行うことになりました。できるだけ痛くありませぬように。

1月31日㈯

断捨離
今日は札響の定期演奏会を聴きに行く予定だった。楽しみにしていたエリアス・グランディス指揮、バリトン独唱ベンヤミン・アップルの「さすらう若人の歌」
チケットも手に入れ楽しみにしていたが、体調が芳しくなく断念。同じく札響定期演奏会、札響合唱団での11月のヴェルディのレクイエムへの出演も練習への参加ができないために断念した。団員、関係者の皆様申し訳ありません。
できることが少なくなるのが残念だなあ。まあしょうがないな。しかし札響合唱団には、年末の第9には復活することを指導者の長内先生にはお伝えしたので、治療に頑張らねばならない。
精神の断捨離はしないように心がける。

午前中には物質的断捨離として、長年使っていたオーディオセットを売却した。これは重厚長大物で今はほとんど使っていなかったし、良い機会なのでいいかなと。しかし最大の理由は経済的に医療費や前年度の税金払いが厳しいことです。良い機会なのでほかにも使わないものは断捨離しようと思っています。
しかし、どうしても捨てられない、売ることができない物ってあるなあ、、、。かなりたくさんある。



子供たちと朝マックに来た
クオリティーが高く
ひと昔前と違い
お店も明るく清潔でいい感じ
時代は変わり良いものがふえているなあ

そんな
恩恵を喜んで受けよう

そのあしで
おもち屋さんの一力へ
九時半に行ったが
のしもちは売り切れだ
でもここの大福はおいしい
のだ

2月4日㈬

AM10時、北大病院への入院、本日、気管支鏡下肺生検(クライオ生検)、明日、超音波気管支鏡下縦隔リンパ節針生検の予定。
仕事のバックアップは〇〇先生にお願いし、クリニック事務長の井上さんにはコール受けをお願いする。

21時、検査が終了し眠っていたようだ。右胸部に違和感があるが生検した部分の痛みか、、さほど強くはない。検査中は鎮静薬のドルミカムとフェンタニルでよく眠っていたため全く苦痛は感じなかった。咳は出るが今のところ血痰は無し。

2月5日㈭
北大病院から藻岩山方面の風景。今日は晴れている。私の体もこの天気の様であって欲しいものだ。今朝は咳、血痰少々あり。
今日は午前中の検査となる。今日もお任せして乗り切って行こう。一つずつ乗り切っていくぞ。

2月6日㈮
昨日は検査後、40℃の発熱が続いた。16時ころアセトアミノフェン200㎎×2T内服も解熱せず。23時にロキソプロフェン1T内服し、アイスノンを入れてもらい就寝。1,2時間後多量の発汗で目覚め着替えさせてもらう。その後36.2℃まで解熱。その後は発熱なし。咳、血痰はあるが、退院はできそうだ。北大病院の先生方、看護師の皆様、お世話になりました。
ありがとうございました。
14時自宅着。17時頃、娘が雪をかぶって帰宅した。二次試験まであと少しだ。がんばれ、扉が開きますように!
北大病院から藻岩山方面

2月7日㈯
5時起床、今年の冬は雪が多く寒く厳しい。久々に北海道らしい冬を感じさせてくれる。
昨夜も38度の発熱あり、右胸部通、咳と血痰あり。ロキソプロフェン1錠で36度まで解熱した。今日は入院で休んだ分、仕事がある。
やはり、仕事をしている時が一番好きだな。
23時頃、強烈な右胸部痛に襲われ目が覚めた。明らかに気管支鏡による生検部位の位置と一致する。あまりの激痛に救急車を呼ぶか?とも考えたが、ロキソプロフェン1Tでうそのように痛みは軽快した。

2月8日㈰
昨夜の激痛には参ったが、ロキソプロフェン1Tで軽快したことに余計びっくりしている。良く効いてくれて助かった。しかし、今後急に何が起こるかわからない事を実感した。

『私が、今死んだらどうすればよいか』を書いて、その時はこの日記を読むように家族に言っておく。






大きな機械時計が時を刻む音をたてている
いつ頃作られたものだろう

ねじ回しの軸は折れて
もうゼンマイは巻けず
あとどのくらい動き続けるのか誰にもわからない
しかも時計の針は長針短針ともにもう無いのだ

時間がうつろっていくことを音で刻む
そんな存在

いつまで動き続けるかわからない大時計
止まったらもう動かず

今はもう
何の役目も担っていないのか



2月13日㈮ 
バレンタインデーのチョコレートを家族からもらう。みんな、ありがとうね。
夜間の咳は多いが、少し眠れるようになってきた。胸痛は次第に収まっている。肺の中にある生検後の傷がだんだん治ってきたのかもね。
治療費を賄うため、自分がもしもの時のために、我が家は緊縮財政体制だ。いろいろな積み立てなどを取り崩し、ローンの一時停止、などのため、電話連絡や銀行へ行った。
午後はCVポートの造設のため愛育病院受診した。CVポートの手術は素晴らしく手際よく終了。痛みもほとんどなく、声をかけていただきながらの手術で安心して受けることができました。愛育病院外科の青木先生、ありがとうございました。その後の胸部レントゲン写真で、右肺の肺炎であることが判明し、CVポートを使い、抗生剤点滴が始まった。

2月17日㈫
発熱なく経過。近藤先生から電話あり、北大での病理組織検査結果が出た。悪性リンパ腫だが、通常とは異なる型で、血管内悪性リンパ腫(IVLBCL)という確定診断であった。
これで確定診断が得られ、治療方針が決定されることとなった。治療はこの病気に対する標準治療で、分子生物薬と抗がん剤の組み合わせのうち、R-CHOPを基本とした。Pola-R-CHPが骨格となる見込み。

2月20日㈮
咳と痰が長引くため、
愛育病院で胸部レントゲン、胸部CT施行。肺病変が明らかに進行しており、時間的に猶予がない状態である、との説明。2月26日からの第一回目の化学療法が決定された。


2月26日㈭ 1回目の化学療法

入院一日目
今日は治療のための愛育病院への入院だ。月初めの北大入院に次いで、2月、2回目の入院だ。今回もバッグアップを〇〇先生にお願いした。先生ありがとうございます!
治療は基本的に外来での施行をお願いしたが、1回目は慎重に対処する必要あり、ということで、今回は入院となった。前回のCT検査で病状がかなり急激に進行しており、腫瘍量が大きいため通常の方法(私の場合は予定していたPola-R-CHP)ではなく、まずは古典的なCHOPで、しかも投与量を半分に加減して行うことになった。これは、薬が効いて腫瘍が崩壊した時に肺からの出血や、腫瘍崩壊症候群という重篤な状態に陥るリスクがあり、そのリスク回避のための方策である、と説明を受けた。さすがに専門家の先生は細やかな采配をするものだ。
11時から開始されたCHOPはまず吐き気止めのグラニセトランの点滴、ドキソルビシン点滴オンコビン点滴エンドキサン点滴と続き、その間にプレドニゾロン(プレドニン)の内服が2回入った。
途中昼食(病院食)は完食
15時現在、吐き気なし、37.1℃、その後も大きな変化なく、今回の化学療法(予備クールとでも言うのかな)は終了した。

2月27日㈮
入院二日目
昨夜は比較的良眠できた。朝食は完食。朝のプレドニンが12Tあるが、これが吞みにくく難敵である。小さく口の中で迷子になり、うっかり口腔内に張り付いてしまうと、すごーく嫌な苦さが広がるのだ。何とかのみかたの工夫をしたいものだ、、、(プレドニンの飲み方工夫
今日は水分補給のための点滴2000mlと採血を施行した。
午後から家族が来て、病状説明を近藤先生から聞く。初診から診断に至る経緯、これからの治療方針、再発のリスクも少なくないこと、喀血による突然死の可能性など、わかりやすく説明していただいたが、かなりシビアな話なので、ショックだっただろうと思う。私としては突然死が一番喜ばしいのかもしれないが、、、いかんいかん。
入院も今月二回目、何となく慣れてきた感じではある。たまにはゆっくりするのもいいが、それが入院なのがなあ、、、。いろいろと心配ばかりだが、やっていくしかないな。
入院期間中は基本的に時間を持て余すのでいろいろ考えたり、SNSに入り浸ったりだ。フェイスブックで友人がミッシェル・ルグランの弾き振りでの〝シェルブールの雨傘の動画をアップしていた。カトリーヌ・ドヌーブの雨を見る表情を思い出す。また見たいなあ、、。昔の映画が好きだ。
さて、明日は退院、朝は雨かな。





雨のおとがきこえる
雨がふっていたのだ

あの音のようにそっと世のためにはたらいていよう
雨があがるようにしずかに死んでいこう

                 
               作  八木重吉

3月1日㈰ 

5時起床 曇り、穏やかな日曜の朝
あっという間に3月になってしまった。今月も1日1日を大切に生きていこう。昨夜は咳もそれほど出ず、寝汗の量もかなり減った。毎朝の薬があるので朝食はしっかり食べなければならない。あと2日のプレドニンの内服がやはり一番の苦痛。なかなか上手に飲めない。考えるだけで嫌になってくるが、頑張らねば。
あと、これもプレドニンの副作用か、便通が4日間ない。酸化マグネシウムに、ラキソベロン10滴と服用してみたが、今日も出そうにないな。〝患者さん〟になって初めてわかる患者のつらさが本当に多いねえ。

今朝も〇〇は4時に起きてバイトに行き、8時に帰ってきた。大学4年間早朝バイト、よく頑張って続けたね。父さんにはとてもできないよ。今年で卒業だね。離れちゃうのは寂しいけど、仕事でもその根性で頑張ってね!
昨夜は◎〇の誕生日パーティー兼大学合格祝いをサーティーワンアイスケーキとたこ焼きパーティーで祝いました。おめでとう◎〇! 自分のやりたいことに向かってこれからもがんばれよー。ということで私も死ぬわけにはいかないのだ。頑張らねば。
雪があれだけ王様だったのに少しづつ、時にがばっと融けていく。

夜、道外の兄と姉に電話で自分の病気について初めて打ち明けた。昔は少し近寄りがたかったけど頼りがいある優しい兄、いつも遊んだり言い合いしてた飛び切り優しい姉。大好きな兄ちゃんと姉ちゃんだ。
二人から励ましの言葉をもらいウルウル。





秘密基地
お店には秘密の場所が沢山あった

細長い真っ暗な倉庫
金物油と埃のにおいがする異空間

どんづまりのトイレの明かりがすりガラス越しに灯ると
ぱっと明るくなってホッとする瞬間

階段下の洞窟のような物置
ここは少し違うにおいがする
子供のころよく入ってしかられた異空間だった

謎の暗闇が多く大好きな家だった




3月4日㈬ 
雪が降っている。
体温36.0℃、吐き気はない。夜間4回の排尿あり、そのたびに排便の努力するも出ず。朝一でレシカルボン座薬を使用、十分ではないが少し便が出てほっとする。5日ぶりの排便だ。発熱は一日中無く、咳も出なくなってきた。今日は昼間、マイナンバーカードの更新のため街中を30分ほど歩いたが、息切れは感じなかった。札幌の中心はもうすっかり雪が無く、春の兆しを感じる一日だ。午前中2件、午後3件の訪問診療も問題なく終了することができた。毎日毎日やるべきことをやり、毎日毎日をしっかり生きていく。
3月12日からは、化学療法の本番が始まる。それまで体力をしっかり温存すべし。無理をしない程度にスクワットなどの運動は毎日やることにしよう。

3月5日㈭ 晴れ、
36.1℃、SPO2(酸素飽和度)98%、
息切れがひどいときはSPO2が90位だったが、数字も息切れ自体もだいぶ改善している! 年明け以来、今が一番体調は良い。薬が効いて来ていると信じよう。
20時頃、ここ数十年見たこともないような太く長い便が出た。よかったー! プレドニンの影響による便秘はこれからも化学療法のたびになるだろう。普段は軟便気味なので、化学療法後に酸化マグネシウムを服用するようにし、時としてラキソベロン、それでもだめならレシカルボン座薬というパターンで便秘に対してみよう。





3月になっても寒い日が続いている
雪もゆっくり降り続いている。

雪の行方は風の運びにまかせられ
着地地点は自分では決められないだろう

その後どれだけ形を残すかも
太陽次第

人間の生き方も結局は同じようなものか

その中でやっていく
必死にやっていく




3月12日㈭ 曇り、35.9℃

今日は本番の治療1クール目!

昨日、年度末の確定申告のことで税理会計事務所の先生がクリニックにいらっしゃった。一昨年に比し収入が減っているため、納税額は減っているが今のクリニックには大変な重荷だ。私の病気のために、今年はさらに減収は確実であり、7月から始まる予定納税を筆頭にいろいろ考えると、やりくりが非常に大変であるが、何とか耐えて頑張るしかないな。万時節約に努めよう。
最近夜間頻尿がひどかったが、
昨夜はトイレに起きることは比較的少なく比較的良眠できた。前回のCHOPを予備クールとして、今日から本番の治療であるPola-R-CHPの1クール目が始まる。Pola-R-CHPは、従来のR-CHOPに変わる方法として数年前から治療方法として一般的に採用されており、臨床試験の結果その有効性が証明されているらしい。いずれにしても患者の立ち場では副作用がどの程度出るのか非常に不安だが、前回の予備クール(CHOP)は吐き気などの副作用は出ずに助かった。今回もそのようだといいなあ、、、。

いずれにしても、がんの治療は、いわゆる〝標準治療〟だけが効果があるものである。標準治療は〝普通の治療〟という意味ではなく、現在の段階で最も進歩した、治療効果が最もあると承認されている治療であり、すべて保険適応となる。 がんを治すつもりで取り組むならば、これを信じていくしかないのだ。標準治療も日進月歩の進歩を示していて、1年頑張ればまた次の良い治療方法が使えるようになる可能性があるのだ。この先の光にたどり着くためにも、副作用がつらくても、このレールから外れないようにしがみついていくことが大切だと思っている、、、、、
              

Pola-R-CHP 開始
さて、病院到着後、前投薬の内服がある。これから始まる点滴薬によるアナフィラキシー、アレルギー反応を防止するための、フェキソフェナジンロキソプロフェンナトリウムを内服する。その後、10時頃にCVポートからの点滴が始まる。まずは吐き気止めのグラニセトランの予防的投与があり、一連の抗がん剤が続く、リツキサンドキソルビシンポライビーエンドキサン、とそれぞれ30分から2時間程度の決められたスケジュールで進んでいく。点滴の間に、内服でのプレドニンが私の場合は、朝12錠、昼10錠服用する。
点滴中は私はまさにまな板の上の鯉状態で、すべて主治医、看護師の皆様にお任せだ。点滴のうちドキソルビシンは外科医時代に乳がんに対する化学療法のなかの一つの薬としてよく使ったが、赤オレンジ色の毒々しい色と、ドキソルビシンという、いかにも毒々しい名前が、結構〝きてる〟と思う。私が使っていたころはもっぱらアドリアマイシンの名前で呼ばれていたが、これはアドリア海の近くで発見された物質をもとに開発されたことに由来する名前らしい。こっちの方が名前としては少しマシなのだが、いずれにしてもこの赤い点滴が体内に入っていくのは、見ているとちょっと抵抗があるものだ。すぐに尿の色も同じ色になるし、、、、。その色と名前が、何となく嫌な感じするなあ、という、医者らしくないただの雑感。
それはともかく、
やはり内服のプレドニンは呑みにくく難渋する。喉の奥に張り付いて本当に嫌な苦みが口の中全体に広がる。水で飲むが、僕の場合は、生ぬるい水ではだめで、氷水が必要だった。しかし、製薬会社さん、これは糖衣錠にでもできないのだろうか?? 最新の薬を開発することも大切ですが、こういう細やかなところにも何とか技術力を傾注してもらえませんか?
今日最後の点滴であるエンドキサン(シクロフォスファミド)を受けながら、場所を変えて、メトトレキセートの髄注が施行された。これは、私のかかった悪性リンパ腫の、血管内リンパ腫という型が中枢神経系(脳)への転移、再発が比較的多くみられるために、それを予防的に阻止するため、脳とつながっている脊髄液内に抗がん剤のMTX(メトトレキセート)を注射するものだ。
抗がん剤は点滴治療しても脳血管関門という、バリアによって脳まで薬剤が届かないため、このような方法が必要にある。このMTXの髄注は、今後毎回のPolaーR-CHPのたびに行われる予定となる(えらいこった、、、)。まず、ベッドの上に左下で横向きに寝て、膝を軽く曲げて自分のおへそを覗き込むように海老のように丸くなる。その体制で、局所麻酔後に腰部から髄腔内まで細い針を穿刺し、髄腔内圧を計測したり、髄液を少し検査に出した後、MTXを注入するのだ。海老の様に丸まっているのがややつらいが、それほどの痛みもなく終了した。
すべてが終わり、ベッドの上で仰臥位に戻り、30分ほど安静にした後、終了。今のところ際立った吐き気や、頭痛などもなく16時頃、第一回目をすべて終了した。
会計
覚悟はしていたが、高額医療限度額いっぱいの25万あまりの金額、またその後、薬局では一部高額な薬剤の処方(日和見感染予防のためのクレセンバが非常に高い!)もあり、6万程度の支払い。1回の治療で30万の出費か、、、、これはたまったものではないな、、、、、。クレセンバ、早くジェネリック出よ。
家に帰って、もう一度家計の算段のやり直し。

今回一回目の、Pola-R-CHP+MTX髄注、であったが、基本的にはこれを6回、3週間1クールのペース(中に2週間は月曜日から完全にフリーな週間ができる)で施行する。さらに、中枢神経(脳)へのさらなる転移予防策として、この間に、2回の大量MTX投与療法というのが必要であり、すべて終了するのは順調に行き、半年後の㋇になる見込み。長い道のりだ。
頑張るしかないんだが、体の状態も心配だが、はっきり言って一番心配なのは経済的なこと。


3月13日㈮ 

小雪ちらつく朝、昨日、病院からの帰宅後、頭重感あり、今朝は頭痛で3時に覚醒した。やや気分不快あるも朝食は食べられた。
CTCAEの副作用gradeを使うならば、悪心grade1というところか。
11時 クリニックで少し事務仕事。
12時、突然の悪心の出現で、嘔吐3回、やはり副作用は出るな、、、。頭重感、頭痛も昨日よりひどく、吐き気止めのノバミン、カイトリル、頭痛に対してロキソプロフェンを服用した。
昼食はセコマのメロンパンとチュロスを無理やり食べる。家に帰り、20時ころまで眠ってしまう。特に頭部を動かしたとき、かがんだ時など、頭痛が強くなるが、MTX髄注の影響なのかな?と思いながら、
また寝てしまう。

3月14日㈯
今朝は、今年初めて最低気温が0℃以上だったようだ。天気は悪いが春は近づいている。
6時起床、気分は良くない、いわゆる悪心というやつで、〝おえおえ〟いつも言っている。
今日は病院へジーラスタの注射をしに行く。これは抗がん剤の副作用のうち、白血球(好中球)が減少しないようにする注射で、秘密兵器(?)である。昔、私が外科医として抗がん剤治療を行っていた時は、
白血球を上げるため、同じ薬の毎日の注射が必要だった。入院患者さんはともかく、外来患者さんは毎日病院に通ってこなければならず大きな負担だったと思う。ジーラスタは注射製剤の工夫により、1回打てば1週間分打ったことになるという優れモノだ。抗がん剤の治療から離れて十年以上の私は、この薬の存在すら知らなかった。いいもの、いい治療方法は進歩しています!
自家用車を運転し病院まで行くも、駐車場についたとたんに車の中で嘔吐数回。レジ袋持参でよかった。これからも常に嘔吐に対する用意が必要。

3月16日㈪
今日は仕事をしたが、午後は頭痛がつらかった。車の振動で頭痛がひどくなるため、駐車できる場所を探しては、長めに休憩、時に、30分ほど眠る。その繰り返し。
16時過ぎ、帰宅し、嘔吐3回し眠る。起きたら20時過ぎだった。
臭いのあるものは食べられず、セコマのパンを食べる。セコマはがん患者にとってオアシスかも。ありがとう、セコマ!
頭痛に対しては横になること、頭を低位にすることが改善策として有効のようだ。横になって今日の分のカルテをipadで打ち込む。

3月21日㈯
もう夜だ、今日は仕事はなく、家で休む。やっと頭痛は治まり、吐き気も去って行ったか。味のおかしな感じが出てきて、甘く苦い感じがいつも口の中にいる。
それでも何とか食事はとるようにしており、寝転びながら you-tubeで札幌のおいしいもの情報をかき集めている。スープカレー、あんかけ焼きそば、カツカレー、ハンバーガーなどなど、食いしん坊なので動画は楽しむが食欲は無く、食べに出かけるところまではいかない。何とか味の濃いものを食べ、できるだけ体重が減らないように努力している。人生で初めて体重が減らない努力をしている私がいる! 健康だったころのダイエット、減量の努力は何だったのだろうか(笑)
甲府の姉ちゃんから、鰻とクリミールの詰め合わせが届いた。食べられるようになったらいただこう。クリミールは栄養があるのはわかるが、申し訳ないが、飲む気になれない。
ありがとう、ありがとう

〈以下後記〉
クリミールは高栄養の栄養飲料食品ですが、この仲間には、他にメイバランスなどがある。一方エンシュアリキッド、エネーボ、イノラスなどの経腸栄養剤は薬品として扱われるため、医師から処方されるものである。全体的には栄養飲用食品の方が味はよく、飲みやすい。いずれもかなり甘いので、しばらくすると飽きてしまうし、甘いものが苦手な場合には口にしにくいが、製氷皿に入れてシャーベット状にしておくと、食べやすさが格段に向上するので、特に夏の暑いときはアイス代わりに良いかもしれない。


副作用対策について

以下、後日書き加え

予備クールでは副作用をあまり感じなかったが、

やはり副作用は本当につらい。抗がん剤治療を受ける方々のために、僕の経験
自分が味わった副作用を急性期と慢性期に分けてまとめてみよう。

〈急性期の副作用〉
自分の場合、治療後10日前後続くものとして、気持ち悪さ(悪心)、嘔吐、頭痛、便秘、しゃっくり(吃逆)、があった。

慢性的に続くものとして、
〈慢性的な副作用〉
味覚の異常、手指先のしびれ、鼻水の分泌過多(始終、水のような鼻水が垂れる)、皮膚の乾燥:落屑、脱毛、目が涙でくっついて開けにくくなる、があって、これらは現在まで続いている。


Pola-R-CHPはいくつかの薬剤を組み合わせた治療方法だが、
薬剤別の副作用の一覧はハンドブックなどでよく見るが、
抗がん剤を組み合わせて使う、今回のような場合、どの薬剤がどの副作用を引き起こすかは、患者にとってはあまり問題ではなく、全体としてどんな副作用が出るかが問題で、これらの副作用への対処方法を知っておくことが大切だと思う。これらの副作用がどのくらい続くかの予測も、つらさを乗り越えていく上で同様に重要だと思う。

毎回の化学療法のたびにそれぞれの症状の強さも異なるが、それに対処するために、心構えや軽減の方法を自分の中で知っていることは、治療を継続するうえですごく有用であると思う。
この場は教科書ではないので、自分の場合をもとに以下〈傾向と対策〉を書いていきます。同じような治療をされている方に、少しでも参考になればと思います。

急性期の副作用は、僕の場合、最長でも10日ほどでほぼ解消した。こんなことを言うと元も子もないかもしれないが、基本的には、その間は、『そんなものだと思って〝耐える〟』。絶対に夜は開ける、開けない夜は無い、と思いながら耐える。ただし症状を軽減させるための薬は遠慮せず積極的に飲む。
じっとしていても副作用は出るので、自分の場合は仕事を普通にしながら耐えた。またできるだけ、家の掃除や、庭の水やりなど、軽作業をするようにした。
もう一度、同じことを言おう。
副作用が出ているということは、薬が効いている証拠であると思って〝その時期をやり過ごす〟が、
その間、副作用を軽減する方法(薬など)は積極的に使うことが大切です。
ただし、水分も受け付けず、こりゃだめだ、と思ったときは、ためらわず主治医に相談し点滴を受けることを強く勧めます。この時は遠慮せずに病院に電話しましょう。
それぞれの症状への傾向と対策

①一番つらい悪心嘔吐に対しては、ノバミンカイトリルナウゼリンなど、それぞれ機序が違うものを時として同時に使った。これらは遠慮なくしっかりと我慢せず使用した方がよい。吐き気止め薬のうち、最終クールで使用したアプレピタントは効果が一番あった気がする(これは治療後3日間の限定と決まっているので、初期にしっかり使う)。
振り返ると、アプレピタントを使った最終クールでは治療後初めて嘔吐が一度もなかった。その時点では病気が良くなってきたことがいい方向に作用していた可能性はあるが、それでも使わない手はないと思う。それ以外の上記の制吐剤も我慢せず、積極的に使用する。通常内服は食後のことが多いが、吐き気止めは、食前、、あるいはすべての内服薬の一番最初に少し時間を空けて服用した方が、食事を嘔吐してしまったり、内服薬を嘔吐してしまう予防になる。また、何も食べないで空嘔吐するよりは、ゼリーなどを少し食べていた方がいざ嘔吐するときは楽に感ずると思う。
いざ嘔吐した時は、こみ上げてくるものの味で、さらに気持ちが悪くなるので、私の場合、嘔吐しそうなときは、牛乳、オレンジジュースなどはこの観点から控えていた。

➁頭痛にはロキソプロフェン(ロキソニン)アセトアミノフェン(カロナール)の内服を使った。二つの使い分けは、ロキソニンはより強い痛み止め、という感じだが、アセトアミノフェンを使って聞かなかったらロキソニン、という感じでもいいと思う。吐き気止めとあわせ、仕事中でも使えるように車にも常備しておいた。頭の位置を動かしたり、何かを拾おうとしてかがんだりすると頭痛がひどくなったので、なるべく体を水平に仰臥位で休むようにした。車の中で休む時も、公園や体育館、公共施設の駐車場、時にドラッグストアの駐車場などを使わせてもらい、シートをできるだけ倒して30分ほど休むようにした。

③便秘に対しては、酸化マグネシウム(マグミット)を基本に、レシカルボン座薬(新レシカルボン座薬)を使用したが、治療後1週間は食事量がかなり減っていることもあり、自分の場合は便が出なくても、あまり気にしすぎないようにした。便が出やすいように食事内容に気を配ることはなかったし、栄養バランスに気を配る余裕もなかった。でも、しっかり便が出たときはやっぱり安心したなあ。数日間便が出ないと、直腸内で硬くなってっしまい、出すときにつらいので、
酸化マグネシウムを予防的に服用した方が良い。
しゃっくりに関しては、息こらえ、深呼吸、いろいろやったが決め手はなく、自然に消えていくことを待つしかなかったのが実際のところだ。すべての場合で、いつの間にか止まっていた。柿のへたのエキスの漢方薬である柿蒂湯(していとう)は試してないが、難渋した場合は試してもよいと思う。

慢性期の副作用への対応

①味覚の異常。
常に口の中に甘い感じが残る不快感がある。これはアズノールうがい液でのブクブクうがいを習慣化することで、何とかやり過ごしている。味覚全体については、たとえて言うと、口の中にワセリンを塗られたような感じ、、、、。冷たいものに対してもあまり冷たさも感じないし、舌の触覚も鈍くなっているような感じだ。治療を終えた8月の時点で、今も残念ながらそんな感じである。のど飴、飴類はいろいろ試したが、自分の場合、どれも口腔内がべたべたするだけで逆効果だった。
味覚異常に対する食事内容
 食事は食べれるときに食べたいものを食べる、で良しとした。治療後1週間は、食事の臭いがするだけで吐き気を催すことが多く、家族と一緒の食卓は遠慮させてもらい、治療期間を通し、3食をしっかり食べることにもこだわらない様にした。つらい10日間に食べたものとしては、ミカンが入ったゼリーをメインに、エネルギーバー、プロテインバー、菓子パン、お菓子、水ようかん、クッキーなどの焼き菓子、調子が良いときは永谷園のお茶漬けにもちを入れて食べた。栄養バランスは、この時点では考えてもしょうがない。高カロリーを効率よくとることに傾注したが、栄養補助食品や、経腸栄養剤は甘すぎてだめだった。
吐き気があるときはだめだが、味覚異常に対してならば、激辛のエンシュアとか出来ればいいかもしれない。水分もとれないようなときは、躊躇せず水分補給のための点滴をしてもらった。

このように、吐き気があるうちは、食事は味気ない単調なものになるが、その間はyou-tubeでおいしいもの、おいしいお店の紹介記事の動画を楽しんで、良くなったら絶対ここに行こう、などと考えて気を紛らわした。これは結構楽しかった。
果物は、柑橘系、特にレモン、八朔、甘夏とか、すっぱいものが美味しいと感じることが多かった。患者さん宅でもらったオレンジは最高においしかった!
水分の補給も、ペットボトルを買うことが多くなるが、お茶のうち、緑茶は味が変わってしまいダメだったが、麦茶、ほうじ茶は比較的飲むことができた。カロリー摂取と水分摂取を兼ねて、コーラは比較的飲みやすく、結構飲んだ。好みもあろうが、そのほか、カルピスソーダ、柑橘系の炭酸飲料など、炭酸飲料が飲みやすかった。最も多く購入したペットボトルは、酸っぱい炭酸飲料、その中でもウルトラストロングレモンは飲みやすかった。飲み物も栄養バランス、栄養学的に優れているかどうか、などは考えず、水分として取りやすいものを選んだ。水は私の場合、冷やしてもあまり飲みやすく感じなかった。
治療後の10日は耐える期間でこの間、体重が4から5㎏程度減り、次の治療までの食欲が戻ってきた10日間で、体重を戻すべくできるだけ食べることに努めた。治療の全クールを通して、このサイクルを繰り返していき、最終的に2月の治療前と8月の治療後とで体重減少は1,2㎏程に収まった。 まあ、筋肉量は大幅に減っていると思われるが、それはしょうがないことだ。仕事の合間に、マンションのエレベーターの中でスクワット10回とか頑張って、少しでも筋肉量が落ちないように努めてはいた。また、治療直後のつらい10日が終わった後は積極的に努力して時間を作って、真駒内公園や、前田森林公園、北大構内、野幌森林公園、円山公園などに行き、1時間程度の散歩をしたが、これは気分転換にもなり、食欲を出すためにも非常に有効であった。少し汗ばむ程度で1時間歩けば一番理想的だと思う。

食べれる10日間の具体的なメニューは、家庭での普通の食事のほか、自分だけの昼食時には辛いカレーの頻度が圧倒的に多かったと思う。味覚鈍麻した自分にも辛いものは食べやすかった。例えば以前は3番の普通の辛さを食べていたのを、5番程度でもあまり感じないほど味覚は鈍麻してしまった。スープカレーは野菜も多く入っているし、栄養的にも良いはずだが、少しでもおいしく食べれることを優先した。
札幌市内のスープカレー屋さんはだいぶ詳しくなったし、レトルトカレーもいろいろな種類があって楽しく、無印良品のレトルトカレーを筆頭にいろいろなレトルトカレーを買いダメしたり、姉が全国のおいしいカレー屋さんのレトルトカレーを宅急便で送ってくれたりもしていた。 一方、もともと大好きだった、そば、てんぷら、寿司などの日本食はうまみや出汁の味がわからなくなってしまい、食べ難くなってしまった。これは長い時間かけて味覚が復活する時を待とうとおもっている。志の家の天ざる、を味覚復活のお祝いとしよう!と思っている。

➁手指先のしびれ、感覚異常。慢性期の副作用のうち手指のしびれについては、指先を冷やさないようにする、などが一般的な対処方法だが、自分は仕事をしていく上で対応は難しく、また、実生活や仕事上も特に支障は無かったため、何も対処方法を施さなかった。これは薬剤ではどうにもならず、残念ではあるが、基本的には軽減するまで、やり過ごすしかないのかもしれない。しかし、かなり最後まで残ってしまうことが多いようだ。自分の場合は足指の痺れは今のところないが、基本的には手指と同じく、冷やさないように気を付ける、ということだと思う。

③鼻水の分泌過多
これも鼻の粘膜の異常によるものだろうか。日中に水のような鼻水が流れるため、一時フェキソフェナジンを服用した。しかし、運転中に眠くなることもあって、慣れてしまってからは服用をやめ、特に多いときのみたまにフェキソフェナジンを使用した。

④皮膚の乾燥、落屑
特に冬の乾燥した中では、黒い下着をつけると、一面に白い落屑がみられるように、乾燥肌、落屑はひどかった。
これには、入浴後にヘパリン類似軟膏、クリーム、ローションなどを使ったが、湿度が高くなるに従い、軽快したようだ。軟膏、クリーム、ローション、泡状スプレー、と形状はいろいろあるが、効果は同じで気に入ったものを使えばよいと思う。
⑤脱毛
これは100%起きるものだと覚悟を決めて、脱毛する前(すべての化学療法が始まる前)に床屋に行き、できるだけ短い坊主頭にしてもらった。ヘアスタイルは大切なアイデンティティの一部であるが、実利をとって英断した。英断というほどではないかもしれないが、本人にとっては一大英断である。結果的にこれは手入れのしやすさを考えると、最良の方法だったと思う。仕事中は夏用のビーニーを着用することにした。

⑥目が粘り気の強い涙でくっついて、開けにくくなる
これはあまり抗がん剤ハンドブックなんかには、記載されていないかもしれないが、結構不快です。涙がねちょねちょして、瞼が糊付けされる感じ。しばらく放っておいたが、主治医に相談し、ヒアレイン点眼薬を処方してもらった。現在、売薬のソフトサンティアを愛用しています。使用感はどちらも大差はありません。

以上、副作用とその傾向と対策をまとめましたが、以後の記事でもその都度同じような話題が出てきますが、ご了解ください。





うんこ

おなかがむかむかし
うんこをだすと
むかむかとれる

うんこが
わるいやつの しがいだといいな

でたらすっきり
きもちもすっきり

どんんどん
わるいやつを うんこにして
だそう


3月25日㈬ 晴れ 35.6℃

悪心はほぼなくなっている。
昨日、愛育病院外来受診し血液検査を受けた。白血球数、11600と白血球減少無し、悪性リンパ腫の勢いを示す、LDHとsIL2-r共に正常値まで下がっており、病気による危機的な状況はひとまず回避されたことが証明された。一安心だ。しかし身体内に潜むがん細胞をせん滅すべく、予定されたクールをすべてこなすことが重要だ。次のクールまでもうあと一週間だ。
近藤先生の説明では、1クール目の治療は腫瘍の崩壊が急激であり、その分副作用も強く出やすいので、2クール目からは少し楽になるはず、とのこと。毎回の髄腔内注射もきつい印象だが、これもがんばらなきゃね。しかし、長い道のりだ。きついなー!

3月27日㈮ くもり 35.8℃
昨日は半年ぶりに北大構内を2.5㎞程ゆっくり歩いた。新入生らしき姿がちらほら見える中、久々の散歩を楽しむ。
今日は心地よい筋肉痛がある。前回北大に来たのは去年10月頃だったろうか、その時はゆっくり走ったが、この頃から息切れを感じ始めていた気がする。医者の不養生か、自分の体力への過信から病院への受診が遅れた感は否めないが、過ぎたことはしょうがないことだ。前を向いて頑張ろう。
次の治療がある1週間後まで、今の時間を精一杯楽しもう。というわけで、今日は午後から評判の〝国宝〟を見に行った。ウーム、豪華絢爛な映画ですね、、、、。売れるのは納得できますが、琴線にはいまいち触れてこないな。

3月28日㈯ くもり 36.3℃
体調は良いが、口の中が常に、甘く苦いような嫌な感じは消えず。アズノールでうがいしたり、歯を磨いたり、、、
昨夜は、姉ちゃんが送ってくれたごちそう〝ウナギ〟を家族みんなで食べた。食べる量は以前の半分くらいかな。

3月30日㈪ 晴れ 36.3℃
家族みんなで、新たな門出を祝う。皆、それぞれの未来に向けてがんばれ! 父さんもがんばる!




姉ちゃんは子供のころから優しい
ありがとう姉ちゃん
母さんと姉ちゃんがお勝手でうたう

ほたるこい
ほ ほ ほーたる来い
こっちの水はあまいぞ
あっちの水は苦いぞ
ほ ほ ほーたる来い

美味しそうな臭いと、トントンまないたをたたく音
暖かい 温かい時間

父さんはよく働いた
毎朝
重い雨戸をあけて戸袋にしまう
店を開け
道をほうきで掃く
颯爽とした朝の音がする
その手は血管が浮き出て浅黒く頼もしい
カブを店の外に出したら今日も仕事だ
いつも明るく頑張る父さん

お勝手からはご飯を炊くおいしい香りがする
母と姉ちゃんの歌が笑い声に変わっている
そんな中 僕はドタバタと起きる
家族が守ってくれた朝があった

4月2日㈭ くもり
朝5時起床 体調は良好で吐き気は無し。
さて今日はPola-R-CHPの2回目だ。頑張りましょう。

22時、自宅にて2日目の治療が終わり自宅で眠っていた。2回目のPola-R-CHPは無事終了し、今のところ吐き気、頭痛は無い。食欲は無く、夕食は食べずに寝てしまった。治療自体は1回目と同じ流れで進んでいき、特に問題なく終了した。主治医の先生や、看護師の皆さん、今回も細やかな心配りいろいろありがとうございました。今日はこのまま寝てしまおう。おやすなさい。

4月3日㈮ 晴れ 36.0℃
朝5時 今日は朝から仕事に行く。患者宅での点滴あり。仕事をしていると気持ちが悪いことも忘れてしまう。
チェロを手放すことにする。ここ数年触る事もなくなっていたチェロ。断捨離!購入した店で引き取ってもらうことにした。
20時、悪心あるも、今日は嘔吐なくやり過ぎすことができた。食事は進まず、ゼリー、パン少々、水分など

4月4日㈯ くもり 36.3℃
朝5時起床、その後一回嘔吐あり。頭痛は無いが頭重感はあり。排便は20分以上かけての難産。
朝食は今日もミカンゼリーで約300kcal
プレドニンの内服に苦しむ。内服後、しばらくしゃっくりが止まらず。息こらえ、深呼吸、いろいろ試しているうちに、いつの間にか止まる。
20時、 今日は計3回の嘔吐。嘔吐する前の前兆が何となくわかってきた。嘔吐してしまった方が楽になる。

4月6日㈪ 晴れ 36.3℃
昨日は一日中家でごろごろしていた。気分はすぐれず、嘔吐3回。朝は永谷園のお茶漬けで、もちを焼いてお雑煮にして食べた。
今朝も吐き気あるも今回は頭痛は今のところない。頭痛が無いだけでも前回より楽である。
今日から予定通りの仕事をこなす。つらいときは公園や、ドラッグストアなどで駐車し、車の中で30分ほどシートを倒して休む。そして仕事。この繰り返し。大丈夫だ。やっていける。
夜は家族と久しぶりに同じものを食べられた よし!

4月7日㈫ くもり 36.2℃
朝は良かったが、10時頃下痢あり。胃腸の具合が不安定だ。あまり無理して食べない方がよいか?
それでも昼はサンドイッチ1個食べられた。ペットボトルから水100mlを呑むのも努力が必要だが、少しづつ回復傾向か。全体的に1回目より今回の方が副作用は穏やかになっている。
夕食は食卓の豚キムチを家族と一緒に食べた。体重は76Kgで2回目開始前より3Kgの減少。
つらさを紛らわすために、楽しかった思い出を日記に雑然と書き出してみる。

4月8日㈬ 晴れ 35.7℃
少しづつ2クール目から回復過程。昨日は腹部不快感、下痢で弱気になった。もともと弱い自分なのだから弱気でもいいさ。日記のノートが2冊目に突入した。毎日ではないが、綴り続けられている。気張らずに行きましょう。
今日も腹部不快感あるが、朝はお茶漬け、みそ汁に卵落としたもの、食べられた。
今日は日差しがまぶしい天気だ。家族の皆、元気で順調そうだ。みんな身体に気を付けてほしいな。
去年の今頃は、毎朝北海道神宮に散歩に行き、家族の健康をお願いしていた。自分の健康をお願いするのを忘れていたかな(笑)。

雑然とした日記帳



おだやかな心は よいものですね
やさしい風がほほをここちよく さわっていく感じ

ゆっくりしたこころもち
そんな時間の中でたゆとう日々

あたたかい日差し やわらかな空気
みどりのなかの光 みずの流れ 音

みな大好きだ
ゆっくりしていたい

ゆたかにおだやかに 
心をみどりのさわやかな風にしたい

風は進む方向をきめられるのか
でも それは人生そのものだ

ぶつかってもやわらかに身をひるがえし
きずつかない
そんな 風 になりたい

4月15日㈬ くもり 35.8℃
おなかの調子がここ数日悪い。治療後3,4日の便秘の後、ずっと軟便状態。整腸剤のミヤBMを服用。吐き気はほぼなく、食事はとれるようになったが、味覚は変なままだ。まるで舌にワセリンを塗ったように、舌の知覚、味覚が鈍麻している。これは化学療法がすべて終わった後も数か月続くのだという。脱毛と同じように長く付き合わなければならない。
脱毛といえば、ほぼ坊主にしていた髪の毛が本当にきれいに抜けてしまった。こちらも時間をかけて戻るのを待つしかないが、結構似合ってないかな?
昔の映画、十戒王様と私荒野の7人の、ユルブリンナーあるいは指揮者のクリストフ エッシェンバッハのような渋いスキンヘッドイケオジを目指すか!
今日はおなかの調子を除いては、体調は良く、ゆったりとした1日だった。こんな感じがいいなー。次の治療まであと1週間、あっという間に治療が来て、平穏な日が過ぎていく。
あと1週間、大切に過ごそう。

4月16日㈭ 晴れ 36.2℃
今日は仕事は休み。午前中、真駒内公園を散歩した。1周約4㎞、1時間。気分爽快。春の光とすべてのものから元気をもらった。半年前、少しの散歩で息切れを感じていたのがうそのようだ。昼食はyoutubeで研究した、伊藤食堂に行く。かつラーメンは今の私には大盛すぎ、無茶だったが、おいしくいただきました。おなかの調子も大丈夫のようだ。
体重は80kgまで回復、10日前の最低ラインより4kgのアップ。これ以上増えすぎないように注意しよう。これだけ食える胃腸に生み、育ててくれた両親に感謝しよう。

4月18日㈯ 晴れ 
体調は良好。おなかの具合も良くなってきた。
今日は野幌森林公園を約6Km歩いた。大沢口まで車で行き、かつらコース+大沢池周回コースを約二時間かけて歩く。かなりハードだったが気持ちの良い散歩だった。
途中、福寿草、水芭蕉などの花が迎えてくれた。

4月19日㈰ 晴れ 36.3℃
7時起床し、庭のバラの手入れ、水やり、デッキの掃除などで体を動かす。最近できるだけ体を動かすようにしている。
体調は良好で、食欲もあり。ただし味は変。味が変でも食べてしまえるところが強みであろう。食いしん坊でよかった。
夕方には円山公園を1周した。桜は今年も早く、すでに三分咲きである。

福寿草と青い花
水芭蕉
三分咲きの桜

4月23日㈭ 晴れ 36.2℃
朝5時起床 今日は3クール目の、Pola-R-CHPだ。また、1週間程度の辛抱の日々だな。頑張るしかないな。明日は〇〇がちょっとだけ帰札するらしい。元気かな。早く会いたいな。
学生時代に北海道から甲府に帰省した時、両親がどんな気持ちで待っていたか、わかるなあ。待ち遠しく待ってくれていたんだろうなあ。
さて、今日は治療の前に治療折り返し地点での効果判定の造影CT検査がある。肺や脾臓がどうなっているか、、

4月24日㈮ くもり
5時起床
昨日の3クール目は問題なく終了した。今日は今のところ、吐き気、嘔吐、頭痛は無し。だいたい副作用は2,3日目がピークなのでこれからだな。
朝7時半ころ、カイトリル5mg、2錠、ノバミン1錠の吐き気止めをあらかじめ服用してから、朝食とする。さとうの切り餅1個焼いて食べた。オレンジジュース200ml程度
その後、プレドニンとクレセンバ、ダイフェンを服用。プレドニンは昨日から月曜までの5日間の服用だが、いつになっても慣れることはない。嫌な苦さ。飲んだ後のしゃっくりもお決まりだ。
今日は午後から1件の仕事があるが、午前中はフリーなので家で休むことにする。悪心嘔吐はないが、やはり疲れやすく、眠気が多く、鼻水が多く、体調は良くない。
昼、ゼリー一個、柏餅一個。昼食後にプレドニン8錠あり。苦行だな。
今日の仕事は、東京から今日飛行機で札幌に戻る患者さんの受け入れだ。大変だが頑張ろう。
夜嘔吐一回。20時、これを書いて眠る。

4月25日㈯ くもり 35.6℃
悪心嘔吐あり、今日は病院受診し、ジーラスタの注射と、この前のCT検査の結果を聞いた。朝食はとらず。
CTの結果は、見える範囲では病変はすべて消失しており、治療の経過としてはは非常に良い、というもの。今回がpola-R-CHPの折り返し地点だが、今後は目に見えない残っているかもしれないがん細胞をせん滅するための治療となる。油断せず、すべての治療を完遂することが何より大事。
次回の治療はまた3週後だが、Pola-R-CHPではなく、脳転移を予防するための高用量メトトレキセート点滴(High dose MTX)
による治療となることが決定。これにはどうしても入院が必要とのことで、予定をにらんでいろいろ手配をしなければ、、、。

4月26日㈰ 晴れ 36.7℃
悪心嘔吐鼻汁あり
昨日は5回の嘔吐あり。そんな中、仕事に行った。よく頑張りました。食事は相変わらずだめだが、ゼリーなどで補っている。

4月30日㈭ 晴れ 36.5℃
今朝は朝5時の往診から始まった。体調はほぼ副作用から立ち直り、吐き気、嘔吐なし。胃腸の調子もよい。やはり回復には1週間は確実にかかるな。
味は変だがそれはどうせすぐには治らずこのままだ。昼は奮発してミルチのカレーのデリバリーを頼んだ。調子に乗り過ぎたか、その後下痢。辛いものならば比較的味がわかって食べられるが、調子に乗りすぎだな。味覚は全体的に鈍くなっていて、何を食べても以前のように美味しくないが、辛さは痛覚で感じるらしく、味覚の中で一番残っている。辛さも鈍っているのは確かで、以前は3辛ぐらいだったのが、今は5辛でもあまり辛く感じなくなっている。調子に乗りすぎるとまずいので注意しよう。
連休中も休み休み仕事をやっていく。

5月1日㈮ 晴れのち曇りのち雨
もう五月二日になってしまった。深夜に記している。
今日は朝のうちから庭に花を植えた。土を掘り返し、水をやり、パンジー、ペチュニアなどDCMで買ってきたやつを並べて植えた。午後は花たちにはよい雨になったが、その雨が夜まで降り続いている。明日は天気はどうだろうか。ガーデニングもいいものだ。体も動かすし気分転換にもなる。今年は少し庭に手をかけてみようと思う。とりあえず連休は庭造りに励もう。
夜はテレビで『耳をすませば』を見た。今日は一日良い気分!

5月12日㈫ 快晴 体重79Kg
朝、庭に植えた花々が、迎えてくれた。水やり後は一層輝いている。ライラックも咲き出して一年で一番好きな季節だ。
連休中に少し風邪をひいてしまい、免疫力が低下しているのか、やはり治りにくいのを実感。慎重に体調管理せねばいけない。今日は体調良好で咳や痰も治まった。食事も食べられ、便通もちょうどよい感じ。
明後日から、入院による治療だ。嫌だけど頑張るしかないよなあ。今回はPola-R-CHPではなくて、高用量MTXによる治療で、MTXの体内濃度(血中濃度)をコントロールしなければならず、また定期的なアイソボリンの注射が必要なため入院が必要。入院中の往診などへの緊急対応を〇〇先生にまたお願いした。
入院時に忘れないようにするもの:充電ケーブル、ipad,PC,暇つぶしの本、この前買った入院用の上履き、氷を入れられる水筒
新たな治療なので、副作用がどの程度出るか心配ではある。MTXの副作用で有名なのは口内炎などの粘膜障害だよね。今回も主治医の近藤先生にお任せしよう。




よくここまでたどり着いた
細く曲がりくねる道

途切れることは いつでもできた
しかし 道はまだ続く

後ろ向きに歩くことも多い
それでもよいから 足を休ませながら
また歩いて行こうか

きついときは休んで行こう
大切な人たちを思いながら

リラが咲きはじめた
植えたてのお花たち
おおばなの延齢草

5月16日㈯ 晴れ 36.4℃ 
一昨日からの入院で、HD-MTX(ハイドーズ メトトレキセート)一回目の治療中である。MTX(メトトレキセート)の点滴は14日に終わり、その後は水分の補給のための点滴と、MTXの副作用を抑えるためのアイソボリンの注射、MTXの血中濃度のモニターのために入院が絶対に必要、とのことで入院している。
毎日、ほぼベッド上にいる。眠っている時間も多く、食欲は全くない。Pola-R-CHPの時よりは、吐き気は少なく、嘔吐は全くないが、味覚異常もあり病院食は全く口にできない。辛いカレーを食べたいなあ、、、。これが折り返し地点か、、、、長いなあ、、、、この先も不安が大きいが、頑張るしかないな。
淡々と時間が過ぎるのを待つ
淡々と点滴が落ちていくのを待つ そんな時間が過ぎていく。

5月17日㈰ くもり 36.4℃
MTXの副作用か、口のなかの違和感が大きい。咳、痰、のどのイガイガはやや増悪。点滴のための頻尿はしょうがないが、2時間おきにトイレに行くのは大変だ。。
MTXが体内に残らないように、1日、3000ml以上の点滴。体内から洗い流す役目。頻回のトイレぐらい耐えましょう。

5月18日㈪ くもり 36.0℃
本日退院日で、今朝6時半、最終のアイソボリンの注射を看護師さんがしてくれている。昨日は東京にいる親友に電話し、病気について話をした。還暦すぎるとお互いに人生いろいろあるよなあ。
その後午前中に退院し仕事再開。2件の訪問診療へ行った。吐き気はやはり、Pola-R-CHPよりは軽度であり、4日目でほぼ無い感じまで軽快。
入院の暇な時間に見まくった、札幌のカレー屋さん情報をもとにカレー食べに行きたいな。おなかは大丈夫かな。

5月20日㈬ くもり 36.1℃
痰がらみが少しあるが、咳は無い。吐き気は無い。頭痛もない。口内炎もなく、体調はまあまあ。昨日はRAMAI北33条店に行き、スープカレーを食べた。1人前しっかり食べて、胃腸症状なし。スープカレーは野菜もとれるし、栄養学的にもよいのでは?
様々な不安の中で、今、画像検査などで一応のCR(寛解状態)にはあるが完治(完全寛解)ではない。今後の再発再燃と、その時の経済的な問題が一番不安要素だ。しかし、前を向いてやっていくしかないな。
昨日、知り合いのケアマネージャーさんから新しい患者さんの紹介あり、ありがたし。病気が判明してから新患の受付を絞っていたため、クリニックの経営も厳しい状況になっているが、折り返しを過ぎ、そろそろ仕事も復活の方向で増やしていきたいものだ。

5月22日㈮ 晴れ 36.0℃
今日は62歳の誕生日だ。よくここまで歩いて来れたものだ。この人生に感謝しよう。皆皆様に感謝しよう。体調は良好であるが、便秘あり、レシカルボン座薬を使用した。
食事はユニベールエスのテイクアウト。豪華!
家族みなで祝ってもらった。

5月23日㈯ 晴れ 36.0℃
5時起床。体調は良好。この季節の札幌は3時過ぎには明るくなり始める。今日は5時に起き、久しぶりに自転車で近場をサイクリング。大通公園、中島公園から北大へゆっくりポタリングした。風を切るこの感じ、すごく久しぶりで気持ちがいい。朝ごはんは、北28条の〝うさぎ〟まで、朝ラーに行った。おいしゅうございました。

5月25日㈪ 晴れ 
昨日は親友の〇〇君が、京都からのお土産を持って家まで見舞いに来てくれた。久々に会う友人の励ましは、本当に力になる。激励の握手から大きな力をもらった!
今週はもう、Pola-R-CHPの4クール目だ。頑張ろう!

5月26日㈫ くもり 36.3℃
今朝、施設への往診あり。仕事上の人間関係は不思議なものだ。心の通い合い、結びつき、反発、離反、不思議なものだ。このケミストリーの解を得られないまま、61年が過ぎている。
そろそろ集大成の晩年? 解を得んと欲す。
今週木曜からPola-R-CHPの4クール目、後半戦に突入だ。頑張って乗り切ろう。


RAMAIのスープカレー
中島公園 豊平館
だいぶやせた変なおじさん

5月28日㈭ くもり 36.1℃
今日は4クール目のPolaだ。朝、病院に行く前から軽い悪心あり、おえおえしている。これは拒否反応?心因反応? 気持ちは前向きでも身体は正直だな。先が思いやられる。
いろいろ心配事は多いが、先が見えてきていることは確かだと思う。希望の光だよ。頑張ろう。

5月29日㈮ 雨 36.3℃
昨日は、4回目のPola-R-CHPとMTXの髄注を受けた。
今朝は強くはないが、頭重感あり、時折前頭部に鈍い頭痛。悪心もあるが嘔吐まではいかなかった。今日は国民健康保険の組合に電話で問い合わせ。わかったことは
高額医療の限度額は複数の医療機関での支払いを合算できるが、それがレセプトで確定するまでは限度額合算の出しようがなく、病院、薬局では別会計になりる。だから、一旦限度額以上を払わなければならない。とりあえずそれぞれ(病院は病院、薬局は薬局)の限度額内の医療費を払う必要があり、2か月後にレセプトが確定して、しばらくしてから合算された医療費を申請する書類が届き、この書類を郵送で返送し、初めて余計に払った分が払い戻しになる。つまり、数か月後に郵送されてくる書類を完成させて返送する必要がある。その後、払い戻しまでにはさらに時間がかかる。
高額医療の多数該当の月は何月からになるか?→5月分からとなる。これはマイナンバーカードを保険証に使用していれば、自動的にそうなる仕組みだが、上記のような仕組みなので、いつから上限に達したのかが自分にはわからなかった。これも、マイナポータルなどからすぐにみられるようになるといいですね。
①に関しては、医療事務の仕組みから2か月遅れで確定するのは仕方ないが、マイナンバー保険証を使っているのだから事務的に煩雑な手続きを患者に負わせないようにできない物だろうか、、、と切に思う。病気を患っている家庭では、事務的にやらねばならないことも多く、役所が求める煩雑な手続きは非常に大変だ。福祉国家を目指す(現在は選挙のために税金を垂れ流しているだけで、福祉国家ではないと思う)ならば、役所のシステムの改善などで、役人ができることはやってほしい。鳴り物入りのマイナンバーカードでしょう!日本は公的サービスに関しては全く後進国だ。

5月30日㈯ くもり 36.8℃
5時 吃逆(しゃっくり)と悪心あり、吐くものがないので嘔吐できない状態。6時カイトリル2錠、ノバミン1錠服用。昨日は排便なし。
8時 悪心は続く、朝食はとらず、朝のプレドニンを含む内服を何とか服用する。プレドニンは僕にとっては毎回ながら苦行だな。本日はジーラスタのための病院受診。
10時半 病院から帰り、横になる。そのまま眠ってしまう。
昼、オレンジゼリーでプレドニンを流し込んでみた。口に残る苦みが軽減され、まあまあいいかも。
17時半、悪心++、嘔吐まで至らず。つらい。吐ければ吐いた方が楽になるが、今日は吐けない感じ。今日はほとんど食べられず。

5月31日㈰ 晴れ 36.7℃
7時起床 悪心続き食欲無し。カイトリル、ノバミン服用。
8時半 コーヒー牛乳をコップ一杯 家の掃除をして体を少し動かす。
9:10 苦行のプレドニン12錠をみかんゼリーの力を借りて服用。家で休む
15時 良い天気なので、花壇に水やり。気分爽快とはいかないが、焦らず少しづつだ。
22時過ぎ、カップヌードルカレーの小さいやつ1個完食。悪心はやや軽快している。カップ麺の辛いやつなどジャンクフードは味が濃くて食べやすい。栄養は二の次、食べられるときに食べられるものを食べる、だ。

6月3日㈬ 36.0℃
便秘のために酸化マグネシウムを服用していたが、それが効き過ぎたか、あるいは昨日のカップヌードルの刺激か、少し下痢気味。自分は便秘より下痢の方が楽なので、良しとする。
吐き気は無し。食べらるようになったので、辛い食べものを求めて、数年ぶりに東区の玉林酒家へ。クリニックの事務長を誘って二人で行く。
玉林酒家の辣湯(ラータン)が目的。やはり辛かった。二人で大汗を書きながらおいしくいただきました。
今回は副作用からの立ち上がりが早く助かる。庭の手入れなどで、体を適当に動かしているのが良いのかも。

6月5日㈮ 快晴 35.8℃
5時には起きている。北海道神宮から円山公園一周、気持ちが良い天気の下、早朝の散歩。ひんやりした空気が気持ちいい。味は変だが、食べられる。大丈夫だ。
昨日は合唱団の長内先生から励ましのメールをいただく。マーラー3番の定期演奏会の成功へのお祝いメールの返事として、励ましの温かいお言葉をいただき感謝感激。ありがとうございます!
来週は、東京から親友が見舞いに来てくれる。楽しみだ。

6月6日㈯ 雨 36.3℃
今日は雨だ。6月6日はやはり雨なのか、、、
体調は改善し、オッケーだ。今日はご高齢の患者様宅に一件往診があり、娘さんと、〝かわいいコックさん〟の歌を一緒に歌いプレゼントした。

6月8日㈪ 雨 35.9℃
昨日は天気も良く、北大植物園を散歩した。行きはバスを使い、植物園を散策。ライラック、つつじはもう終わりを迎え、バラが咲きだしていた。ヤマボウシも美しい。緑が美しい広々とした植物園は大好きだ。昼食を四川飯店で食べ、赤レンガテラスのモンベルで買い物。夏用のポロシャツをゲット。地下の丸美コーヒーーで一休みし、帰りは自宅までで1時間ちょっと、5㎞程歩いた。半年ぶりに札駅周辺を歩いたが、散歩には一番よい季節だし、空気に触れるのが気持ちよい。体調は大丈夫だ。かなり疲れたが良い運動。

6月10日㈬ くもり 36.4℃
よく眠った。なぜこんなに眠いのか。やはり体力が低下しているのか、疲れているのか、、昨夜は久々に西区プールで歩こうと思い車を出したが、途中、あまりのも眠いため、引き返してまた眠ってしまった。
いろんなことにノルマとか、目標とか立てず、できることを無理せずやって行く。今はそんな時期だ。
さて、年金をどうするか、結構考えている。今まで考えたことがほとんどなかったが、年金受給をどうするか、繰り上げ受給がいいのか? 自分の時間があとどれだけ残されているのか? 税金の問題と絡めて真剣に考える。チャッピーに聞いてみようか、、、、。結構気の利いたお返事をチャッピーさんからはいただいたが、、、、何が最善手か、自分の寿命がわからないのだから、結局最善手はわからないな。

6月15日㈪ くもり 35.8℃
朝 5時起床。庭先のバラが朝日に輝く。初夏のバラ、もう20年ほど前に植えたものだが、今年もピンク、黄色、みずみずしく輝いて咲いてくれた。
昨日は、東京から親友がお見舞いに来てくれた。治療のインターバルの中で一番調子が良い期間で、元気だし、二人で登別方面にドライブに出かける。15年前の同じ時期、二人で『ツールドン北海道』と称してロードバイクで行った道を思い出しながら車でたどる。
車中でのいろいろな話。洞爺湖の変わらぬ湖面の輝き。オロフレ峠からカルルス温泉のひと時。カルルス温泉が全然変わっていなかったのがうれしい。忘れられぬ思い出となるだろう。ありがとう〇〇君。
今週木曜の5クール目に向けて最高のリフレッシュができた。




散歩はたのしい
みどりの道を歩くのが好きだ

空気に触れて歩くのがたのしい
贅沢な時間の流れをたのしむ


北大植物園 蓮の花
北大植物園 やまぼうし

自宅のバラとお花たち

6月18日㈭ 晴れ 35.3℃
5時起床、庭の花に水を撒く。今日は5クール目のPola-R-CHPだ。ゆきさき様々な不安が多いが、一つ一つやって行くしかないのだ。
身体の不安、仕事の不安、先行きの不安、こーいうのを教科書では〝なんとかペイン〟、って言うんだよな。そんなのは当事者にならないと分かりっこないよね。

6月19日㈮ くもり 36.7℃
昨日は無事にいつもの通りPola-R-CHP治療を終了。今回は珍しく点滴中から悪心あり。嘔吐までは至らず。
帰宅後寝てしまったが、夜中に1回嘔吐。その後早朝の吃逆で難渋。眠れず。やっぱり副作用も蓄積していくのかな、、、、。
7時 カイトリル2錠、ノバミン1錠、ゼリー飲料1個、スポーツ飲料(GREEN DAKARA)200ml、食事は無理だった。
8時 嘔吐一回、カイトリル1錠追加で服用。目のくっつき感あり、涙がねばねばしてまぶたがくっつく。ヒアレイン点眼使用。

6月20日㈯ 晴れ 36.6℃
朝一番で一件往診あり。出動前に各種吐き気止め内服。仕事中は不思議と平気だが、終了後の嘔吐一回。頭痛も中等度あり
その後病院へジーラスタの注射に行く。帰って、休養するも悪心嘔吐強く、ミカンゼリー食べるも戻してしまう。水分はGREEN DAKARAでできるだけ取る。
相変わらず内服は苦行だし、そのあと嘔吐しているので、効いているのか?意味あるのか? と思いながらもがんばって薬は飲んでいく。理屈は考えず、淡々とこなす感じ。

6月22日㈪ くもり 36.0℃
5時起床。昨日は一日ダメダメだった。昨日は自宅でごろごろ。内服を頑張りながら水分のみ補給に努める。毎回のプレドンニンは、毎回月曜昼の内服で終わる。これが終わると、苦行から脱した気分で一安心する。残り、朝、昼の2回頑張ろう。
今朝も気分爽快とはいかないが、嘔吐は治まっており、いつもの吐き気止め(カイトリル、ノバミン)服用後、菓子パンを食べることができた。頭痛はまだあるが、ロキソプロフェンで対応。少しづつ復活していくぞ。今日は仕事がある。休み休み頑張って行こう。

6月23日㈫ 雨 36.0℃
5時起床 昨夜からの雨が残る 6月の雨の日だ。おちついた感じの朝、しっとり優しい空気。昨日より大幅に吐き気は減少している。今日も地道に頑張ろう。
朝食、菓子パンやエネルギーバー、昼はもちなど食べられた。

6月24日㈬ 快晴 35.9℃
5時起床 昨日は仕事から帰り、やっぱり嘔吐してしまった。
しかし今日はだいぶ気分が良い。もう吐き気のピークは過ぎているはずだ。念のためにカイトリルを飲んでから、朝食にミカンゼリー1個、メロンパン半分、朝の内服はプレドニンがないだけで気分が楽だ。
22時 仕事をこなし、夕食は家族と一緒にみんなの半分以下の量だが、食べられた。
 夜、姉ちゃんからLINEあり、昔好きだった小椋佳のNHKライブの動画を送ってくれた。ちょうど〝6月の雨〟が入っている。〝俺たちの旅〟〝木戸を開けて〟もいいな。久しぶりにギター弾いてみようかな。指がしびれているが、指のリハビリかねていいかもしれない。喉のリハビリも兼ねて。

6月29日㈰ くもり 
朝5時起床し、北海道神宮までちょこっと散歩。今日は曇りで空気がひんやりしている。頭は重いが、体の調子はまあまあだ。
夜22時  今日は吐き気はほぼ軽快するも、頭痛は残っている。今回は副作用の期間が長いな。5回目ともなると副作用も蓄積があるんだろうな。
今日は部屋の掃除をしっかりし、庭のラベンダーを摘んだ。夕方からベランダでギターを抱え、弾き歌い。指先はしびれているが、コードは押さえられる。歌うのは昭和の歌ばっかりだ。NHKの朝の連続ドラマの主題歌『風と町』にも挑戦してみたが、令和の曲はコードが難しい!みどりのなかで気持ちのいい一日だった。

7月1日㈬ 晴れ 36.0℃
体調は良好も少し頭痛はある。
昨日は仕事のあとの夕方、北大構内を約4km散歩した。みどりのなかを走る若者たち。躍動する若者たちから元気をもらいながらの散歩。途中、サクシュ琴似川にカルガモの親子を見つけた。北大のメインストリートを横切り、大野池までお母さんカモの後を続く小がもたちのかわいいこと!
今日は前田森林公園まで出かけていき、巨大なカナルの周り、1周約2.5㎞の散歩。起伏がない、ちょっと単調な公園だなあ。
さて、今日から7月だ。病気と闘い始めてから半年が過ぎ、そしてPola-R-CHPはあと1回になった。やっとゴールが見えてきたが、予定ではその後もう一回のHigh dose MTXがある。8月初めにはすべてが終了する予定だ。
今日は住宅ローンの返済方法変更の手続きをした。この病気になり人生設計が大幅に狂ってしまったが、それはしょうがないことだ。このまま病気が抑えられていればオッケーだ。何とか再発再燃しないことを祈るのみ。生き続けていれば何とかなるさ。

7月6日㈪ 晴れ 35.9℃
昨日、日曜日は家で過ごした。バラの手入れと剪定、ラベンダーの花摘み、ギターの弾き歌い、、、、読書は〝俺たちの箱根駅伝〟を読んでいる。スポ根人間にはたまらない熱くなる物語だ。頭重感はまだ残り、特に頭位の変換時、あるいは立ち上がる時、かがむとき、などで頭痛がひどくなる。ロキソプロフェンを服用するほどでもないが、今回は長引いているな。
体調は全開、全快とは言えないが、こんなものだろう。今週は最後のPola-R-CHPの治療がある。頑張るぞっと。
一昨日、大学の卒後35年の同期会があった。北広島のホテルで行われ、出席はできなかったが、幹事のご尽力により、ZOOMでのweb参加することができた。同期の皆さんの声を聴き、また元気をもらった。幹事の先生、ありがとうございました。

7月8日㈬ 晴れ 
頭痛、頭重感はまだあるが、明日からの治療を延期してもらうほどではない。あと一回。やっとPola-R-CHPのゴールだ。1週間のつらい時期を今回もやり過ごしましょう。頑張ろう。
今日は、信頼する訪問看護ステーションから新患の紹介をいただいた。本当にありがとうございます!

北大農場の牛さん
北大構内 サクシュ琴似川のカモの親子
前田森林公園





何かをしなっきゃ って思う生き方
それはそれでよし
今までの 真ん中にあるもの

家で水分を取りながら 
何をするでもなく
植物のように
しずかなくらし

時間がゆったりしていて
いいなあ と最近は思える

何もしなくても

あせらない
いらいらしない
ゆっくりゆっくり
いろいろ先延ばし

そんなんでもいいじゃないか
じぶんをゆるして
ゆるめてあげようか







7月9日㈭ くもり 35.8℃
頭重感は少し残る。朝は、お茶漬けを食べて、病院へ。本日、Pola-R-CHPの6回目だ。今回でPolaは終了となる。あと一週間乗り切りましょう。

7月10日㈮ 雨模様 36.4℃
昨日のPola-R-CHPはいつものように無事終了した。今回、吐き気止めとして、カイトリル、ノバミンに加え、アプレピタントを処方してもらった。前回の治療後の吐き気が長引いてしまったので、これまで試していなかった制吐剤を使ってみようと思い、先生にお願いした。
今朝は吐き気あるが、嘔吐までは至らず。頭重感の増悪はない。便通は一回、十分量あり。5時からフランス対モロッコをテレビで見た。フランス万全だな。強い。
18時 今日は仕事は午前中で終わり、午後は家で休んでいた。今まで嘔吐なく、食事も少量だがとれている。難関のプレドニン内服も何とかこなす。夜、姉ちゃんから甲府の鳥もつ煮が冷凍便で届いた。何か食べたいものはないか?とのリクエストに、鳥もつ煮と、桃をお願いしていたが、先に鳥が飛んできた。早速いただいた懐かしい味、甲州の鳥もつ煮。いわゆるB級グルメだが、やっぱり奥藤の鳥もつ煮が一番おいしいなあ。奥藤行きたいなあ。
夜、吐き気はあるが、嘔吐はない。今回は吐き気が軽く、食事も何とかとれている。アプレピタントいいかも。

7月11日㈯ 雨
朝4時 雨の音、小鳥のさえずりで目覚める。今日は4時でもまだ薄暗い。夏至がとっくに過ぎて行ってしまったことに気づく。吐き気、頭痛は CTCAEのgrade1,程度。
午前中早いうちに病院に行き、ジーラスタの注射を受ける。これももう6回目だ。
これで最後になりますように。その後、1件仕事あり、大丈夫だった。今回は良さそうだ、頑張っていきましょう!

7月14日㈫ くもり
朝5時起床、このところずっと雨模様でしかも蒸し暑い。遠くにある台風の影響だろうか。頭重感は軽くあるが、吐き気は軽度で、嘔吐はない。プレドニンの内服が昨日までで終わり、それだけでもうれしい。
プレドニンが終了し、Pola-R-CHPが6クールすべて終了したことになった。長かったが、振り返ると必死にやってきた分あっという間だった気がする。以前、外科医、がん治療認定医として自分が治療をする立場だった時には全く分からなかった患者側の苦悩を神様は自分に味合わせてくれたのか。現代の医学では、標準治療が唯一の効果ある治療方法であり、この辛さゆえ、或いはそのつらさによる様々な風説、うわさ故、にここから漏れ出てしまう人も多くいるだろう。そのつらさがどんなものかを身をもって味わうことができた。医者だから耐えられた部分も大きいと思う。この経験を治療にあたる人のために役に立つ形で、残せないかなあ。
午後、東京の○〇君と電話で話す。「俺たちの箱根駅伝」を東京の親友にすすめてみたところ。一晩で読んだという返事だった。うれしいことにえらく感動してくれたらしい。共感することっていいことだよね。共感してくれる人がいることって大切だよね。その場で二人の元スポ根還暦おやじ、2028年の東京マラソンに出ようと即決めとなった。良い目標ができたな。遥かかなたのゴールだな。

7月20日㈰ くもり
朝5時起床。今日は海の日だ。昔、子供のころは祝日は『はたび』と言って玄関先に日の丸を掲げる家庭が結構あったなあ。日本人の一人として日の丸は好きだけど、最近、国旗を粗末に扱ってはいけない法律ができたらしい。なんだか漫画みたいな法律だな。こんな法律ができると、かえって祝日に日の丸を上げにくくなるんじゃないか、、、と思うのは私だけだろうか。
今朝は体調も良く、久しぶりにゴルフの打ちっぱなしに行ってみた。相変わらずへたっくそだが、きもちいいなあ。その足で円山一周の散歩。今日も暑くなりそうだ。

7月26日㈰ はれ
体調は良好だ。昨日は急に思い立って、4時半に札幌を出発してドライブに出かけた。目的は稚内のラーメン屋青い鳥』の塩ラーメンオロロンラインをゆっくり北上し、稚内に11時半に到着。久々の稚内ラーメンを食べた。十数年前に同じ道を自転車で稚内まで行ったとき、腹が減って偶然入ったのが『青い鳥』だった。その時の美味しかった記憶が今回のドライブの動機だ。残念ながら今の自分の味覚には、塩ラーメンの味は絶妙すぎてよくわからなかったが、天塩以北のサロベツ原野の海沿いの道からは、海に利尻富士が浮かび、最高の景色が広がる。
今週木曜日からは、最後の化学療法、High dose MTXの2回目がある。頑張ろう!




ゴルフ練習場

気持ちの良い風に吹かれ
左に左に 時に右へ
まれに真ん中に飛ぶボールよ
私の人生の軌跡そのものか
 
しかしこの風をあじわえるのも
奇跡

7月30日㈭ くもり 36.4℃
5時起床 やはり治療への拒否反応か、悪心あり、あさからおえおえしている。
今日から最終の化学療法、High dose MTXの二回目だ。最後の締めとなりますように、頑張りましょう。
22時、点滴につながれているが、食欲がないほかは大丈夫だ。良くここまで頑張ってきました。

8月2日㈰ 晴れ
退院して、そのまま仕事に行く。
入院中にこのブログを書き始めた。
上手く伝えられるだろうか。
がんとともに生きる人たちへ、何かが伝わればよいな、と思う。

8月12日㈬ 晴れ

今日は暑かった。今年の夏もこの一週間がピークだろうか。体調は良好だが、味覚の異常と、手指の痺れはまだまだ続くのだろう。

これからもこの病気と向き合いながら、頑張って生きていこう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です